妹の「極上の眠り」
ジョン・ウイックchapter2を妹と一緒に観に行った。chapter1を観て気に入っていたので、上映を楽しみに待っていたのだ。
午後のチケットを押さえて焼肉ランチ。二人ともカルビ定食の大を頼んで仲良く完食。待ち時間が20分ほどあったので無重力マッサージ機なるものを試すことに。揉みしだかれて二人とも筋肉ふわふわ気持ちもふわふわ。宙を歩くように映画館に滑り込むと、椅子にふわっと身を任せた。いよいよだ。
最近映画館の椅子は座り心地がいいなと思っていると、尾てい骨のあたりが徐々に熱くなってきた。この感じ、なんだか危険じゃないかしら?子供の頃のお昼寝の時間に感じた、あの眠りの穴に落ちてゆく懐かしい感覚。このままだと上映中眠てしまう。
「ねえ、ねえ、なんだかとっても危険な感じ。もし私が寝てたら起こしてくれる?」そう妹に頼んで、私はシートに浅く座り直した。
相変わらずジョンウイックのガンフーは凄まじい。キレのいいアクションを見ながら、私と同じ年頃のキアヌは膝とか痛くないのかしら?とか考えちゃう。私は去年の夏ポケモンgo!を妹たちと競っていた。家の近所にカビゴンが出た事を知って、早朝飛び起きて坂道を転げるように走り降りた。その日から右膝が痛かったのだ。やっぱりハリウッドセレブは身体が違うわね。
ジョンウイックはカッコよくて可愛くて、連れの犬もとっても魅力的。あら、ジョンったらまだ奥さんとの思い出に執着しているのね・・・・zzzzzzZZZ
目をさますと、画面いっぱいに広がる危険な映像。美しい女の人がセレブな浴槽に浮いていた。なになに?綺麗な人が死んでいるわ・・これどうなっているのかしら?こ、これは大事なところだったんじゃなかろうか?目をパチパチしていると、激しいガンフーの嵐。寝てしまったことを悔いて隣をちらり、妹もほとんど半目だ。そっと肩に手を置き妹を揺らす。半目の横目で睨まれる。
あらま、映画の中では話が進んで、ジョンウイックが困っているよ。そうか「血の宣誓」は絶対なんだね。男の約束か、いろいろ難しいよね。zzzzzzZZZZZ
気がつくと、妹が私の膝に指の爪を差し込んで揺らしている。そうそう、起きて映画を観なくっちゃ・・・ジーンと膝が痛む。あなた、爪伸びているんじゃない?
身体が熱くて心地よい。場面はローマからニューヨークへ。旋律の女殺し屋がバイオリンを弾きながらジョンウイックを狙っている。なんと、ジョンウイック刺された。これは痛そう・・・・zzzzzzzZZZZZ
また足に鋭い痛みが走ったので意識が戻る。妹の指尖ってる。場面はニューヨークの夜の街。そこにいるのは大きな身体の殺し屋スモウ。スモウの猛突進。ジョンウイック危うし。電子広告塔もスモウの一撃で粉砕。飛び散る火花・・・すごいよスモウ・・・・さすが日本の妖精スモウ…zzzzzzZZZ
太ももに痛み。またしても指刺さってる。坐り直す。・・・zzzzzzZZZZz
肩に手を置かれ意識戻る。場面はコンチネンタルホテルのカウンター。美味しそうにバーボンを飲んでる血だらけのジョンウイック。かっこいいね・・・・zzzzzZZZZ
ふと自力で目覚めると手話の女殺し屋が男どもを従えて独特の存在感を放っているではないか。好みだわこの人も、この展開も。しかし話は繋がらずバラバラなまま。迷路のような地下道を走るジョンウイック。銃撃戦の雨あられ。スパン!スパン!ガンフーの台風がぶつかり合う・・・zzzzzzZZZZ
肩に手を置かれ意識が戻る。もうずっと起きていられそうなスッキリ感。魅了された手話の女殺し屋はどこにもいない。どうも物語は終盤。街を歩く普通の人々はみんな殺し屋のようだ。犬と石畳の街を必死に走るジョンウイック。
The end.
意識があったのは20分くらいだろう。すっきりした頭で観劇できたのは最終の5分くらいだった。
くっくっくっ・・・身体が震えだして、映画館を笑い転げながら出た。目尻には涙。好きな映画で寝たのは初めてだった。
いつも映画館で寝てしまう妹をあの手この手で起こすのは私の役割だったのに。
映画の前の食事ダメ。鑑賞前の無重力マッサージも絶対禁止。
「なんで寝ちゃったんだよ、楽しみにしていたのに〜〜〜私のばか〜〜〜」と、嘆く私に、
「ほら、笑っちゃだめ!と思っていると余計おかしくなる事ってあるじゃない?眠りも一緒だと思うんだよね。ね、だからさ、寝ちゃ駄目、駄目、と思いながら落ちる眠りは極上なのよ。寝た後、なんともすっきり頭は冴えるし、心はちょっと痛いんだけど、もう比べ物にならないくらい眠りに堕ちていく感じが気持ちいいのよね。1800円の極上の眠り。最近つまらない映画ではねれなくなっちゃった〜」と。
「それからね、癖になるよ。身体が極上の眠りを覚えちゃうから、ね」最後に振り向くと、妹はにっこりと笑いながら私に禁断の眠りの呪いをかけた。
目の周りの乾いた塩を指でぬぐいながら、身体がその呪いを受け止めてじーんと痺れた。
数日後ある映画を観に行った時、その呪いが目を覚まし、私は深く心地よい眠りに落ちたのだった。