ちょうちょたち

ミナ ペルホネン 大人読本 田原あゆみ

東京滞在2日目の朝のこと。渋谷から東横線の最後列に滑り込みセーフ。空いている車内を見回して座席に座ろうとしていたら、頬にふわっと小さな風が当たった。
あらら、ちょうちょ。ドアが閉まって、電車は発車。その車両に乗った人のほぼ全員が目でちょうちょを追っている。ちょうちょはあっちへひらひら、こっちへひらり。心許なさそうに出口を探して飛んでいる。
誰かが新聞で叩くとやだな、と、私は安全捕獲作戦実行。彼女の後を追った。ちょうちょは運転席に向かってぱたぱたと逃げて行く。「ちょっと待って、大丈夫よ。私がちゃんと逃がしてあげる」念を送って、微笑みながら手を差し出した。ちょうちょは端っこまで行って観念したようにくるっと身を翻すと私の左手にふっ、ととまったではないか。伝わったのね、私の念。そっと両手で包み込む。中でぱたぱたと二回ほど。まるで手の中に風がいるみたい。全く重さを感じない小さな生き物。細い足を私の指紋の間に入れて踏ん張っている。
固唾をのんで見守っていた車内の人々。日常のなかの微笑ましい小さな事件。そ空気が柔んで、みんながほっと見守っている。隣の高校生の男の子はなんだか嬉しそう。みんなやさしいね。私は代官山で降りて電車のドアが閉まるのを待った。だってまたこの子が乗り込んじゃうかもしれないから。
プシューッとドアが閉まって動き出した電車。操縦士が窓を開けて「ありがとうございましたー」と。操縦士さんも見守っていたのね。ごぉーっと過ぎ行く東横線を見送りながらそっと手を離す。もう一度軽い風が生まれてちょうちょは飛び立った。手のひらには彼女の残した鱗粉がきらきら光っている。なんて軽やかで繊細な生き物なのだろう。
見送りながらふと思う。もしかしてあの子は電車に乗って何処かに行きたかったのじゃなかろうか?例えば恋人の待つ元町のお花畑とか。いいことしてるよな気分の私、実は邪魔をしていなきゃいいけれど。

今日は代官山でミナ ペルホネンの春夏物のコレクションへ。春のお花畑のような場の中にいてあの子のことを思い出す。

あの子はちゃんと行きたいところに行けたのかしら?
私も、あなたも行きたかったところにいるかしら?


2017年09月14日 | Posted in | タグ: Comments Closed 

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