旅は道連れ、「迷い道も旅」
インドへ行った時のこと。
初対面の人が5名に、数回会ったことのある人が1名。
CALICO:the ART of INDIAN VILLAGE FABRICSの小林史恵さんのお仕事を取材しようと連絡をとったら、ちょうど1月の後半にツアーがあるので参加しますか?と。ずっとインドへ行く理由を探していた私は一つ返事。行きます、と。
年齢を重ねるにつけ、だんだんと濃くなる我が個性。お互いを知らないメンバーに迷惑はかけられまい。気は使っているつもりだが、すぐフラフラと自分が行きたいところへ行ってしまうので自分自身に要注意の旅がスタートした。
コルコタのある日のこと。
数日前に口にしたデーツシュガーがあまりに美味で私はそれを探して持ち帰るんだという決意に取り憑かれた。英語が通じそうなインド人を捕まえては、「デーツシュガーはどこに行けば手に入るのか?」ということを聞きまくった。みんな口を揃えて地元の人が買い物に行く市場へ行け、と。
して、その市場は乾物・スパイス・菓子・肉と生き物・フルーツ・野菜と、通りを分けて複雑に広がる迷路のように広がっている。着いたのは薄暗い夕暮れ時。
着くなり話しかけてきたインド人の青年は英語が流暢でなんだか怪しい。そう、にこにこと流暢に話しかけてくる人に私は何度もボラれている。場所はインド、しかも夜。が、早く済ませてみんなに迷惑はかけまいと、自力で時間をかけるよりボラれる方に飛び込んだ。
「デーツシュガーを探していますが、どこに売っているか知っていますか?」彼は横にいたお店の人とひとしきり現地の言葉で相談。終わると振り返り、首を傾けてこっちだと告げた。みんなといったん離れて、彼の背中を追う。慣れた足取りは思いの外早く、遅れないように息を合わせる。道を覚えておこう、何かあった時に走って逃げられるように、と私は神経を研ぎ澄ませた。
道を曲がる度に匂いが変わる。スパイスの混じった重く甘い香りがしたかと思うと、次の瞬間糞尿袋で殴られたような刺激臭。生き物たちがひしめき合う夜の肉コーナーは物悲しい。そこから何度か曲がった先に味噌玉のような色形のものがいくつもぶら下がった小さな店に着いた。彼が言うに、それがデーツシュガーだという。
探していたのは柔らかめのものだったが、こうしてぶら下げておくと水分が抜けてだんだん硬くなっていくのだそうで、その店のものはもうコチコチ。ふむ、まあ、いいか。見つかっただけラッキーだ。
「おいくらですか?」
店主と話す青年の眼光は鋭かった。マージンを交渉しているのだろう。提示された値段は思っていたより高かった。生のさとうきびジュースが一杯30円。ならば、これは半玉800円くらいではなかろうか?そう思っていたら3倍くらいの値段がきたのだ。まあ、この話がしたかったわけではないので、結果私は少しまけてもらって購入。彼も生活がかかっているのだろう。若いが子供がたくさんいるのかもしれない。
よし、やった、買えた。喜ぶ私の帰り道、道案内の姿は消えた。ずらっと閉店した店が並ぶ暗い市場迷路。私はできるだけ明るい光を探して、帰路に着いた。あちこち曲がり、そうそう、臭いも辿ってふと明るい場所に出た。安心安全な世界で、楽しそうなみんなを発見。ほっこりと合流。ほっ。
みんなはワイワイと楽しそうに一団となってスパイスのお買い物。大体が根っからの放浪派なので、みんなで楽しそうにしている輪はかなり眩しい。入りたいけどいつだって少し浮く。どうにか紛れ込み、料理好きを装ってスパイスをともに購入。
して、不意にツアーチームのM先輩が私に「ねえ、あゆみさんあのシュガー買ったの?私も欲しいから連れてって」と。
行けるのか?疑念が湧くが、ここで不安な様子を見せてはいけない。だって、私長女だし、あの店に行けるような気がするのだもの。
「いいですよ。ついてきてくださいね」
私は暗い小道へと歩き出した。なんと、M先輩だけでなく全員が私の後を一列になってガヤガヤと追って来るではないか。胸を張って先頭を行く。間違ってはいけない、みんなを不安にさせてはいけないと、さも慣れている風に肩で風をきるように。
何度か道を曲がるうちに、あれ、こんなに遠かったっけ? あ、ここ見た気がする、あれ、ここは知らないなあ・・・、歩幅もスピードも保ちつつ、実は内緒の迷い道。そうしたら知っている臭いがだんだんと強烈になってゆく。先刻よりも一段と暗い食肉売り場は激臭と、生きた動物たちの悲哀が裸電球でぼぉっと浮かび上がっている。なんと物悲しい景色だろうか。が、切なさより先に、胸と鼻を締め付けてくる激臭にひるむ。見回して私は悟った。完全に迷子だ。きっとあの店は見つからないだろう。
あのインド人青年がいなくなった今、市場はただ暗くて臭い迷路だった。その迷路を私の後を追って歩くみんな。リーダーは実は方向音痴なのよ。後ろから「臭〜〜い」とか「ここどこ?」とか聴こえてくる。しかしこの時点で私の肚は座った。デーツシュガーなんてどうでもいい。このふらふらと方向音痴の私をついてみんなで市場を歩くこと自体が旅そのものだと感じていた。道に迷ったとは言わなかった。いや、言えなかったのか。
「お店閉まっちゃったみたい」そう言うと、ふっとみんなの顔が緩んだ。臭くて暗くて不安だったんだね。