甘い朝

大人読本 田原あゆみ 早川ユミ

直情的な自分を抑えて、理性で返しているつもりになっていたけれど、実はネチネチくどくどと相手を攻撃するという自分のパターンに気がついた。

ああ、あの時もそうだった、ああ、あの時も。

あああ、あの時にも。ああああ、と「あ」はどんどん増えてゆく。

湧いてくる渋い思い出を振り返るとどれもこれも同じパターンが見えてくるのだった。

理性で返しているつもりの時、私は自分の弁護をし、相手の非をくどくどと説明していただけだったのだ。こりゃあ大変だ、嫌われちゃうよ。扉を閉めてもう来ないでよーって言われちゃう。しかも扉が閉まっていることに気がつかず、ノックし続けていたんじゃないかしら。

私の心の中では、発見の「あ」、苦悩の「あ」、恥ずかしさを表す「あ」が渦を巻いていた。今朝のベットの中でのことだ。

いつの頃からか私、喧嘩やもめごとが下手になっていたんだな。

「ばかーーーーーー」と言われたら、「なんだと〜〜〜お前こそばか〜〜〜」とか言っていた子供の頃は、ふんっと別れて短くて数時間後、長くても数日後には一緒にまた遊んでいたのに。

そうか、私は長いこと自分の直情的な感情を子供じみていると封印して、憧れている誰かの姿になろうとしていたんだ。怒らなくって、理性的で、場の空気をふわっと優しく変えるような誰か。会ったことがあるような無いような、架空の誰かに。許していなかったんだな、自分の感情的なところ。言語なき渦の世界に近いところで生きている自分を受け入れよう。

そんなことを反芻しながら身悶えた朝。ため息を一つついて、ベッドから出た。

今日から子供じみた、単純で直情的な自分を許そう。苦いことに気づいて、受け入れた自分に厳しくすると、また仮面を被ってしまいそうなので、ここはやはり優しくしよう。

今朝は、体操は止めて、マカダミアンナッツのアイスクリームと、島バナナの甘い朝ごはん。そして、オコリンボは喜怒哀楽の一面であって、振り幅が大きい方が人生豊かなのかもよ、と甘いものをたんと味わって飲み込もう。自分を励ます甘い朝。

自分に甘い人は人にも甘い、というからね。

 


2017年08月18日 | Posted in 日々 | タグ: Comments Closed 

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