こども返り
うちの子ジャイちゃんはポーリッシュ・ローランド・シープドッグという犬種。ポーランドの低地で牧羊犬として人の暮らしに寄り添って来た原種に近い古い種だ。
大戦のあと激戦地だったポーランドで、この犬種は絶滅の危機になるほど個体数が激減。確かブリーディングに適した個体数は6頭しか残っていなかったときく。昨日の夜「戦場のピアニスト」を観た。激戦地のポーランドであった実話に基づいて作られた名画。映画を見ていても目を覆いたくなるあの惨劇。瓦礫と化した街並みや焼け野原。
映画は素晴らしかった。エイドリアン・ブロディの表情の深さと美しい音色があの惨劇との明暗を作って深い深い余韻が残る。
観終わってふと思い出したのだ。うちのジャイちゃんがポーランド出身の犬種だということを。人間が生き残るのも奇跡のような状況を一体どうやって生きていたのだろうか。私たち人間の隣に寄り添う動物たち、特に人がその運命の手綱を握っている彼らのことを思いぎゅっと胸が痛む。しばし思いを馳せて、じわっとくる。
だがしかし、どうせ妄想にしかならないのだからこれ以上胸を痛めるのはもうよそう。そう切り替えて昨夜は想像のスイッチをoff。就寝。zzzZZZ
ここまでは今朝のこのお話の背景。
その犬種出身のうちのジャイちゃんは最近子供みたいに甘えてじゃれてくる。しかもかつてないほどのパワフルさで。
彼女はうちで育ったPONの3匹目。一匹目は実家で買っていた甘く賢いユニーク犬ぺぺ。二匹目はずんぐりむっくりボール命のかわいいぽぽ。そのぽぽの嫁として迎えたのが写真のジャイ子。今年12歳の女の子。人間の年齢にすると中型犬だと73歳なのだそうな。
そのジャイ子が最近おかしい。ぽぽが去年の春に天国に旅立った後、さぞ寂しかろうと心を痛めていたら、痩せ型の毛薄犬だったのに、だんだん太って毛がふさふさになってきた。弱る方を予想していた私は、何故に?と、彼女を観察。なるほどこの子は私から直接愛情を受け取れることが何よりの喜びになっていることに気がついた。
そして二人の生活から1年と少し。最近彼女はふんがうあふがうああああ、と狂おしいねじれ系の鼻音を出して起きろーと早朝5時半に私に呼びかけるようになった。同時に喉の奥からもあおうああぅうあおうあぅうと二重奏。いつだってうっかり目があうと尻を振りながら走ってきて、後ろ足で立っておねだり。椅子に座る私の両膝に前足を乗っけて、つぶらな瞳でふんがうあううふんがうああ、と何かを訴える。わかっている「構って〜〜」と言っているのだ。鼻はぬらぬらに濡れていて、歯に歯石はほとんどない童顔の天使顔。白内障で目が濁ってなかったらまるで子犬のようだ。
この子を生後5ヶ月くらいで迎えた時、うちには犬盛りの愛犬ぽぽがいた。ぽぽは愛されているのが当然犬で、コミュニケーション手段はボール遊び。あの手この手でボールを投げてもらおうと体当たりでやってきては、有無を言わさぬ強い呼びかけで私を呼んだ。ジャイ子のことは愛したぽぽだが、私とぽぽの間に彼女が入ってくとものすごい剣幕で弾き飛ばして、許さなかった。単純で明快で少しおバカなこの子を私は深く愛したものだ。そうか、ジャイは11年間ぽぽの陰から私を見つめていたのか。
以前はぽぽの場所だった私の足元に今はジャイ子が丸くなる。ここに当たり前のように来るようになるまでに約1年。この子の遠慮の癖がやっと抜けたのだろう。人間の時間にしたら6年ほどかかったことになる。
可愛くって、愛おしい毛むくじゃら。庭に穴を掘って掘ってそこに埋まるのが好きな動物さん。もじゃ毛に乾いた土や葉っぱ等、いらぬ土産をたくさんつけて帰ってきてはぶるぶると部屋の中に撒き散らすわんこさん。すぐ臭くなる獣よ。
私は朝の体操を終えて、マットの上でしばし大の字。呼吸が落ち着くとベンチの下で待っているジャイ子にいいよ、と目を向ける。さっと立ち上がって私の顔をめがけてやってくる彼女の顔は満面の笑顔。私の顔をベロベロと舐めて濡れた鼻をぎゅうぎゅう押し付けてくる、獣臭とドッグフードと牛乳といろんな匂いが立ち込める。ああ全部ひっくるめてかわいいな。
当然のように私の足元に陣取って丸くなり、当たり前のように食事をねだり、どこに行っていたのよ!と文句を言い、全身で撫でてと要求する。お年をめしたはずなのに子供のように弾けるように走り、目は輝いている。ジャイ子は今までになく健やかだ。
彼女はやっと子供時代にできなかったことをやれているのだから。