ふくよかな月夜に
東京で迎えた旧盆の初日。
この時期沖縄の空気は普段とすこしだけ違う。あの世とこの世が重なったような、いつもより少しだけ重くて濃密な空気に包まれる。
お盆の初日はご先祖様のお迎えの日。されどここは東京。秋の気配がする涼しい夕暮れ時。沖縄からは遠く離れているけれど、娘と二人で食事を終えてまあるくなってきた月を見ながら散歩道。心の中でお迎えをして、沖縄からここまでご先祖様はひとっ飛びよ、と願いつつ。
娘は私とタイプが違って、女子力が高い。子供の頃から声は甘くかわいくて、お願いされると骨抜きになって「うんうん、いいよー」と魔法にかけられてしまう。何年もその魔法にかかって、少しづつ吸い取られていって、そろそろ母さんかつかつ。今年の春から自立して働いているので、内心ほーっとしている。
多摩川沿いの公園で、ふと月を見上げて二人とも足が止まった。
「わー朧月だ、きれいだねぇ」私。
「クワーッ、ゲコ」娘。
…小さな音だけど、子供の頃から全く一緒の音が耳元で鳴った。あくびをした後、ゲコッと鳴くのだ。わざとではない。ごく自然に喉から音が漏れる。クワーッ、ゲコッ
朧月があまりにきれいだったせいか、そのギャップがおかしくて、彼女の顔を見て笑ってしまう。分かっているよ、わざとじゃないよね。
そしたら、娘曰く。
「あのさ、私が小さい時にタピオカ入りのミルクティーを初めて飲んだの。美味しかったーって言ったら、あゆみがあれは蛙の卵だよって言ったわけ。へーって思ってたらしばらくして喉がなるようになったの。喉の中で蛙が成長したみたい」とのこと。恨めしそうな声で打ち明け話。
あら、私の呪いだったのね…スマヌ。
でも、ほら、もしかしたら誰かから引き継いだ特質なのかも。
ご先祖さまの中にもそんな可愛い人がいたのかしら?遠い昔に川べりで、違う時代の服を着て、月を見上げて小さなあくび。クワーッ、ゲコッ。
でも、もしかしたら平安時代に風流さを競って、喉を鳴らすのが流行ったのかも。それで朝練夕練したご先祖様が鍛えた喉のDNAが彼女の中に…とか、ほら色々ね。
クワーッ、ゲコッ
そんな音が喉から漏れたあと、くすっと恥ずかしそうに笑う彼女にそっくりなご先祖さま。古の誰かに想いを馳せながら二人でお月見。
今宵の空には、娘の笑顔によく似たふくよかな月。
ご先祖様たちこんばんは。私たち元気にやっています。