ノアは箱舟

大人読本 田原あゆみ

午前3時にパチリと覚醒。

外灯の薄明かりに浮かび上がった闇は静寂。肌寒さが手伝ってベッドの中は暖かく心地よい。この布団から出るのは嫌だな。そう思い、また眠りに落ちようと試みるもことごとく失敗。

しくじるたびにiphoneを手にニュースをチェック。うちの東側のジャングル谷に向かってiphoneを投げ捨てることをなんども考えたことのあるスマホ中毒者は、ブルーライト&テクノストレス不眠症の記事をもチェック。だめよね、眠り際のブルーライト。うんうん。手にiPhoneを持って記事を読むうちにうとうと。やったとばかりにiPhoneをそっと床に置く。寝返りを打って目を閉じる。もぞもぞする。やっぱり寝れない。しばらくそれを繰り返すうちに5時過ぎになった。最後に読んだ記事はなんだったのか覚えていない、が、突如深い眠りに落ちかかっているのを感じた。

というのは、あれだ。身体が重くなって眠りに落ちようとする、が意識は起きている。というあれです。体が縛られたように動かなくなってしまう、名前をいうのも怖いあの現象。

床側の端っこで横寝をしていたら、身体がそっち側にどうしても寄ってしまって、ベッドからずり落ちそうになってしまう。どうにか身体を動かして逃れようと試みるも身体が全く動かない。起きろ、起きて身体を動かすんだ何度も自分に呼びかけるも効果なし。鉛のように重い眠りの中に身体だけがどんどん引きずりこまれていってしまう。

 

暁。誰かが階段を登ってくる足音が聞こえた。夾竹桃の枯葉を踏む音が聞こえたと思うと、古い門がキーッと音を立てて開いた。訪問者だ。まだこんなに朝早いのに一体誰だろう? 誰かの歩く音は聴こえるし、寝室の窓の側を人が通るのは分かるのに、鉛のような身体は重く起き上がることができない。その時、可愛く甘い声が聴こえてきた。

「あゆみ寝ているね。まだ朝早いから寝ているんだよね〜。起こしちゃダメだよね。しーっ」

ささやくような小さな声だけれど、そのリズムや、くすくす笑う声の甘さは間違いなく姪っ子だ。耳をそばだてて聞いていると、どうも母が姪っ子を連れてやってきたらしい。ああ、身体が動かないどうしよう? すると、私の部屋のドアが開いて、娘が入ってきた。

「おはよ〜。こっちにおいで」

娘は私のベッドに乗って窓を開けると、姪っ子の名前を呼んだ。

「おいで〜、どうしたの?」

母曰く、妹が台湾に行っているから実家で預かっている姪っ子が明け方に目が覚めて寂しいと泣き出したようだ。じゃあ、あゆみの所へ行こうということになって、来てみたんだと。

「早い時間だからやっぱり寝ているよね〜と、帰ろうとしていたのよ」

いいよ〜、おいでおいで〜。窓から姪っ子を受け取って、私のふかふかの布団に包む。いつの間にか、私は重い身体を起こしていた。ベッドに入った姪っ子と一言三言。身体を触ったら冷たい。確か着替えがあったはず、と娘と物干し場へ。

小さな小さな物干し場は、家にくっつくように建てられた小さな小屋の中。入ると横幅は一歩分、低い天井にはいくつもの洗濯物がぎゅうぎゅうに干されている。もう乾いているね、といくつか取りこんでみたら数枚が滑って足元に落ちた。拾おうと覗き込んだら、水が溜まった水槽トイレの中に沈んでいるではないか。さいわいなことに水は汚れてはいないけれど、姪っ子の小さな白いパンツと、私の白いシャツが嫌な感じで沈んでいる。私はかがんで濡れた二つを拾い上げ、もう一度洗濯しなくちゃなと、ちっと舌打ち。

それにしても、夢の中のトイレや洗濯物が象徴するものは意味ありげだな、エドガーケイシーの夢辞典を人にあげてしまったことが悔やまれる。まだ暗い廊下を姪っ子の待つベッドへと急ぎ足。ドアをぎいっと開けて目が覚めたら、ベッドの上。

ジャイちゃんがドアを開けて入ってきて、はあはあと生臭い息を吹きかけながら嬉しそうに私を覗き込んでいた。

 

快晴。娘も姪っ子も跡形もなくいない。外にそんな物干し場はなく、うちの物干し場は広くて太陽サンサンだ。

まだ種が開いていないなめらかなススキの穂が太陽の日を受けて銀色に輝いている。海は青。

姪っ子が鉛睡眠から甘い声で起こしてくれた。ああ、助かった、目が覚めた。

彼女は名前の通りの箱舟娘。

大人読本 田原あゆみ

ようこそもしかしたらの現実世界へ。


2017年11月08日 | Posted in | タグ: , Comments Closed 

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