ウシュグリの犬
2019年に訪れたジョージアの山間の村ウシュグリで出会ったあの子は元気にしているかしら?
人よりも牛馬の方が多い小さな村の外れでトレッキングをしているときに現れた痩せた犬。
付かず離れずついてきて、クゥーンと鳴いて足元にお座り。
みすぼらしいのに目が優しげなその子に惹かれ私達も一休み。ごそごそと食べ物を探したら、出てきたのは一切れのパンだけ。
それをその子に全部やったらバクバク食べた。食べながらも謙虚さを忘れない様子がかわいくて、優しく撫でてあげたら、大きなため息を一つ。気持ちよさそうに寝てしまった。娘の横に寄り添って安心し切ったように寝息スースー。
しばらく休んだあと、私たちは立ち上がって、気持ちよさそうに寝たままのその子を振り返り振り返り丘を降りていった。耳が良いはずの犬なのに、去る気配も感じられないくらい熟睡している様子から察するものがあり、胸が痛んだ。
だいぶ降りた頃、遠くから悲壮感いっぱいの鳴き声が耳に飛び込んできた。一呼吸置いたあと一層暗い遠吠えが夕暮れの山を下った。
ああ、あの子は起きて、私たちがいないことに気がついたのだ。
村に戻ると、今朝私の足に撫でてくれろとまとわりついた子豚は、手を伸ばすと、びくっと飛び退き逃げるようになっていた。
後ろから悪態をつきながら、豚を追い払う地元のお婆さん。手には箒を持ち母豚の尻を叩いている。
ああ、こんな楽園でも人と動物の絆は心で結ばれることはないのか。いや、この暮らしだからこそ情が湧くと食べることに抵抗も湧くのだろう。スーパーで骸の一部を買う世界から来た旅行者にはわかり得ない人と動物の距離感。
そんな村であの犬はどんな暮らしをしているのかしら?主のいない犬は、中々食べ物にありつけはしないだろう。旅人がリュックの中から差し出す食べ物に頼ってはいないかしら。
人の行き来が止まったこの2年。遠い国のそのまた山の上の小さな村の小さなあの子を思う。